第12回恵比寿映像祭 YEBIZO MEETS 地域連携プログラム
「二人のショー」( Two People Show )
2020年2月1日(土) - 2月29日(土)
▼展覧会概要
展覧会名 『二人のショー』( Two People Show ) 第12回恵比寿映像祭 YEBIZO MEETS 地域連携プログラム
会期 2020年2月1日(土) - 2月29日(土)
Artist
二人 (宇田川直寛、横田大輔)
キュレーター
深川雅文 (キュレーター/ クリティック )
トークショー (無料)
2月8日(土) 4pm - 5pm
オープニング ( どなた様でもご参加頂けます。)
2月8日(土) 5:30pm ~ 7pm
開廊 水 - 日 12:00 - 19:00
(日曜は18時まで。展示最終日2/29は17:00まで。)
休廊 月・火・第一水曜(2/5)
会場 工房 親 CHIKA
〒150-0013 東京都渋谷区恵比寿 2-21-3
TEL / FAX 03-3449-9271
交通 地下鉄日比谷線「広尾駅」2番出口 徒歩6分
JR山手線「恵比寿駅」西口 徒歩15分
渋谷より都バス06 新橋行・赤羽橋行「広尾5丁目」下車 徒歩3分
Website http://www.kobochika.com
▼第12回恵比寿映像祭
THE IMAGINATION OF TIME
時間を想像する
会期
2020年2月7日(金)−2月23日(日・祝)
10:00−20:00 (最終日は18:00まで)
10日(月)、17日(月)をのぞく15日間
会場
東京都写真美術館
日仏会館 / ザ・ガーデンルーム / 恵比寿ガーデンプレイス センター広場、地域連帯各所ほか
Website https://www.yebizo.com/jp/
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「二人のショー」展 エッセイ
展覧会「二人のショー」の関連イベントとして2/8に開催したトーク、「二人」(宇田川直寛、横田大輔)と深川雅文氏(本展キュレーター)とで語り合ったテーマについて深川雅文氏が執筆したテクストです。近日中(2/21
時点)に完成するミニカタログにも掲載されるテキストです。
痕跡としてのX
深川雅文
なぜ、「二人のショー」をキュレーションしたのか? 理由は簡単だ。
「二人」がわからないから、しかし「二人のショー」を見たい。
見れば何かがわかるかもしれないから。つまり、「二人」は「X」(エックス)なのだ。
その作品を実見し体感する中、「X」を巡っていくつかの思考が流出してきた。
放っておくと消えそうなそのイデアの陽炎をメモしておく。
写真は死んだ
1839年に最初の写真術、ダゲレオタイプが公開された。写真の発明である。装置によって自動的に生み出された異常なまでに精緻な画像を見て、新古典主義の画家、ポール・ドラロッシュは「今日で絵画は死んだ」(“From today, painting is dead!” )と嘆いたという。写真発明から180年を超えた現在、我々は、ドラロッシュの言葉をなぞって「写真は死んだ」と口に出してみてはどうか。「二人のショー」を見ながらそういう考えが浮かんできた。「写真が死んだ」のはもちろん昨日、今日の話ではない。例えば、ロバート・キャパの「崩れ落ちる兵士」(1936年)で示された「死」が現実にはそうではなかったということが判明し、写真が決定的瞬間の真実を伝えるという素朴な写真神話はとうの昔に揺らいでいた。「兵士」ではなく「写真」が崩れ落ちたのだ。あるいは、1991年の湾岸戦争でミサイル先端のカメラがお茶の間のテレビに攻撃目標を破壊するまで届け続けた画像は、戦争のリアリティを蒸発させ、「まるでゲームを見ているような」という感覚しか残さなかった。その体験で写真に最後の審判が下されたと言っていいかもしれない。今日の写真は、グランドゼロから始めなければならない。「二人」は「写真家」を名乗る。しかし、「二人のショー」はいわゆる「写真」の展示ではない。たしかに、共同制作したフォトコラージュが展示されてはいるが、それだけで写真展とするのは本意ではない。メインとなるのは、二人が互いの写真行為についてさしずめプロファイリングを行い、互いに尋ね合い、語り合う映像である。「これは写真展ではない!」と叫んでスクリーンに煉瓦を投げつける人がいてもおかしくはないだろう。「二人のショー」で見せつけられるのは写真への意志そのものであり、我々は、その言葉に耳をそばだてなければならない。その耳に写真が入ってくるのだ。
イメージとダメージ
写真にダメージを与える。写真の神話のみならず、写真そのものに。「二人」のひとり、横田大輔は、その実践者に他ならない。『MATTER / BURN OUT』(2016年)という写真集にまとめられた作品は、ロール紙にプリントアウトした膨大な数の写真をインスタレーションとして展示した後、展覧会会期終了後に空き地に移動して横田自身の手によって燃やされ、灰になるプロセスと痕跡を作家自身がさらに膨大な数で撮影したイメージで構成されている。あるいは、『Color Photographs』(2015年)では、写真フィルムそのものに暴力的行為を働いた。何も写っていないフィルムを50〜100枚ほど重ねて熱現像して、フィルムを構成するプラスティックシートと乳剤に予測不能の物質的かつ化学的な変化=ダメージを生じさせた後にそれらを用いたカラープリントを突きつけた。カメラは使わない。写される対象は不在で、その意味で写真では無い。が、感光性のある物質にイメージを生成させるという意味ではやはり写真に他ならない (→モホイ=ナジによる写真の再定義)。燃やす、あるいは化学変化を促進する、いずれの行為を通しても残る「何か写真的なもの」、そこに横田は写真の正体と未来を見てきたのかもしれない。火、熱、では、水はどうか? 私は、水害にあった写真作品たちを目の当たりにしたことがある。長い間、水に浸かりきった写真たちの終極の姿は地獄図だ。20世紀の主要な技法となって普及したゼラチンシルバープリントによる写真は長時間の水中では溺死する。ゼラチンは軟化して溶解に向かい、紙の上にイメージを固着していた層は浮き出し、元のイメージは崩れモヤモヤとした不定形の模様へと変わり果てる。災害は作品が大作家によるものかどうかは関係なく無差別的にダメージを与える。写真のイメージはダメージと表裏一体にあることを胸のどこかにしまっておこうではないか。今や主流となったデジタルイメージも、事があればデジタル空間に霧散しても不思議ではない。Rule without Exception.
カメラ・オブスクラ (暗い部屋)
写真の死を前にして、写真よりカメラ・オブスクラがより根源的だという実感がぐっと強まる。世界中に現在、どれだけの数のカメラ・オブスクラが存在するのだろう。都市のあらゆるところに設置されたカメラ、車に搭載されたドライブレコーダー、そのうちブンブンと空を行くドローンたち、何よりも世界人口の33億くらいの人々が手にしていると言われる スマートフォンに搭載されたカメラたち(jp.xinhuanet.com | 発表時間 2018-09-14 21:19:36 | 新華社 http://jp.xinhuanet.com/2018-09/14/c_137468242.htm )…全てを合わせたら世界人口70億の半分を優に超える数のカメラ・オブスクラが氾濫していることになる。もともと自然現象であった光による小さな孔を通した映像の反転投影を、装置としてシミュレーションするために考案されたのがカメラ・オブスクラである。映し出される映像は、このメディア装置により変換された視覚的情報であるが、20世紀後半に現れる「メディアはメッセージ」というマクルーハンの指摘は無論、誕生時に意識されることはなく、この視覚的変換の魔術はその怪しさゆえに人々の心を掴んで離さなかったのである。哲学史を紐解くと、ギリシアの哲学者、プラトンがその著書『国家篇』で論じている「洞窟」の比喩が想起され、カメラ・オブスクラに囚われ真実在に気づかない哀れで愚かな人間の姿が浮かんでくる。殺すべきはカメラ・オブスクラであって、写真は二の次で良かったのである。だが、時は戻せない。産業革命期のラッダイト運動のような反抗は意味をなさない。カメラ・オブスクラの横溢の中に我々は生きている。それ無しには現在の世界は成立しない。まず重要なのは、我々が、カメラ・オブスクラの構造の中に生きているということを知ること、意識することである。その知を獲得することは、カメラ・オブスクラのメタに立つことだ。「二人のショー」のギャラリー空間は暗闇でありひとつのカメラ・オブスクラ(暗い部屋)である。その中で、二人が互いの写真作品の基盤について問い詰めるコミュニケーションは、メタの場を獲得するための”写真的”行為なのである。「二人」は、カメラオブスクラを否定はしない、が、メタへの志向を持ち続けている点で写真の常人ではない。異人だ。まさにそこに二人の写真家としての地盤がある。
写真ゲーム
写真のリアリズム、写真の真実性の神話が壊れた現在、哲学的観点から言えば二元論的な世界観が崩壊した状況において、写真にとってそれが写す対象はもはやその意味や意義を支える第一義のものとは言えない。そもそも写真の意味は、その指示対象から与えられるのではなく(その対象は写真の契機ではあっても)、写真をどのように使うかということに規定される。このビジョンは、ヴィトゲンシュタインの言語を巡る哲学探究で語られた「言葉の意味はその使用である」という洞察に結びついており、「写真とは何か」への問いにも光をもたらしてくれる。宇田川直寛は、展覧会「Assembly」(2017年 1/5~1/23 @ QUIET NOISE arts and break)で、ギャラリー壁面ならびに中央部に組み立てられた構造物(木材、鋼管、ガラス)を駆使して、自らの写真を構成要素として断片的に空間に組み込み、配置するという展示法を見せた。その写真はというと、この作品の制作過程で自身で手工作して生み出したモノの写真であったりして、何か明確な意味を持った対象を指示することはなく見る人を当惑させる。手作りしたモノとそれに言及する写真といったパーツが入れ子状にアッセンブルされながら、展示空間全体に重層的かつ縦走的な空間が生み出されていた。この展示で、写真は空間を形作る構造体のパーツとして配置されている。それらは断片的であれ、やはり作品の中でイメージの立ち上げの中核にある。「そういう写真の使い方」というしかない宇田川の写真の語法の中で生きている作品であった。どのイメージの写真を、どこにどう使うのか、そのルールは何なのか? ルール自身が制作の過程で変更されていく可塑性もある。作品制作にストップがかけられるまで(締め切り、あるいはオープニングまで)。遊走は続く。作品は”さしあたって”の終了形であり、さらなるゲームの展開に向けて開かれたままストップモーションがかけられている。自ら自由にルールを作りプログラムする写真のゲームを”プレイするヒト”、”ホモ・ファベール”としての行為の形がそこには現出していた。「二人のショー」は、互いの写真の根拠を問うという協働のプロファイリングゲームの遂行に伴う映像・写真と言葉のAssemblyという様相を見せている。
言葉とイメージ
写真の神話は「百聞は一見に如かず」という素朴な経験主義に訴えて成長し、生きながらえてきた。それが偽であることはすでに明らかになった。写真の直接性の見かけは、カメラオブスクラが人間の眼球の構造のシミュレーションでもあること(レオナルド・ダ・ヴィンチとデカルトは解剖図でそれを確かめた)にも由来していた。人類のメディア史の弁証法的な展開に関する洞察から、写真の発明をテクスト文化に対抗し、そのメタレベルに来る革命的メディアとして位置付けた哲学者、ヴィレム・フルッサーはその著書『写真の哲学のために』(深川雅文訳 勁草書房 1999年)において「写真は概念を指し示す」と説き、写真的視覚の直接性の神話を排斥し、その媒介性を取り出して見せた。その媒介者こそは、言葉でありテクストである。上述した「写真の死」とは、写真の視覚的直接性を根拠とする二元論的な世界観における写真の死であって、その死に際を見届けさえすれば、新たな「写真」の復活についても語りうる地平が広がっている。手垢の付いた意味を避けるには、「写真」がまさにその原点である「テクノ画像」という言葉に置き換えて語ることは妙案かもしれない。いや、その原点としての写真の本義を踏まえさえすれば「写真」という言葉を使い続けてもいい。それは人類の文化史における真の革命であるが故に、だ。「二人」が「写真」に、そして「写真家」と名乗ることに拘るのはその意味においてである。互いの写真作品の根拠を探り合う映像と言葉が「二人のショー」の中核に来るのは、「写真家」としてのアイデンティティーを「二人」の出発点として確認する作業として不可欠であったのではないか。とはいえ、ここで語られることが彼らの写真の意味を裏打ちするという関係ではない。より根底的な次元で、自らの写真行為を分析し言葉にし合うことで、互いの立ち位置の相違も見えてくるだろう。にも関わらず、「二人」として制作するという決意をめぐる言葉がまずはなければならなかったのではないか。互いの対話あるいはプロフアイリングはこれからも創作の過程で続けられていくはずである。それは「二人」のエンジンなのだ。アウトプットは、今後、様々な形を取るに違いない。そのプロローグあるいはマニフェストが今回の「二人のショー」なのである。
「お楽しみはこれからだ! (You ain’t heard nothin’ yet!)」(映画 The Jazz Singer 1927 より)
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